ナポリピッツァが人生をかえた

こんにちは。
ゆる〜くやっているブログですが、前回はサーフィン界のレジェンド糟谷さんとの話でしたが、これからも私の周りにいるスペシャルな人達との話を元にポツポツやっていきたく思います。
また、私の人生のテーマで「人と同じことやらない」というのがあるのですが、ま、単なるへそ曲がりなだけなのかもしれないけど、どうせ遅かれ早かれ死んじゃうわけだし、オリジナルの方が楽しいな〜と‥w。でも、ちょっとだけ大きく言うならば「世の中にまだ生まれていない何かを創り続ける」という精神でやっておりますので、そんな話もいくつか出来たらなと思っています。

現在、私がやっている、タイムラインエージェンシーという会社は「スペシャリスト・マーケティング・カンパニー」として、各界で活躍する文化人の方々をエージェントしておりますが、そのきっかけになったのは、遡ること20年前、、
当時中目黒で小さなイタリアンレストランをやっていたサルヴァトーレ・クオモから始まります。
彼も今では全国に100店舗ほどのお店を持つオーナーですが、その頃はまだ無名でした。そんな彼を人から紹介され、彼と会い料理を食べたのですが、すぐに「一緒にやろう」となりました。
その決め手になったのは、まだ日本になかった「釜で焼いたナポリピッツア」です。今となってはそこら中のイタリア料理屋にピッツァの釜があたり前のようにありますが、その頃日本にはおそらく2〜3あるかないか、、。私は若い頃からイタリア料理が好きだったので色々なお店に行き食べ歩いてましたが、まぁ、そのモチモチしたピッツァは衝撃的な美味しさだったのを覚えています。
そんなこんなで初のエージェント業が始まったわけですが、彼をブランディングするにあたりいくつか決めごとを作りました

・ ピザではなくピッツァという
→当時の日本はほとんどがアメリカのピザしかなかったので、言い方を変えた
・ 南イタリア料理というのを全面にだす
→当時は高級な外国料理というと「フレンチ」だったので、イタリアンもその雰囲気で押していたお店がほとんど。かつ、北も南も境目なかったので、わけのわかんないスプーンでパスタをまとめるという文化が根付いており、南の料理のラフな雰囲気を出して違いを出した
・ とにかく女性に会ったらウィンクする。お客さんの前ではイタリア語で大きな声で会話する
→ま、わかりやすいイタリア人な感じが日本にはウケるので

などなど、こんな感じで、これらをTVやメディア出演した際や、またはスポンサーの方々がお店にいらした時にパフォーマンスすることで、お店もサルヴァトーレ本人も人気が一気に上がっていきました。

他にも拘りや笑い話は多々ありますがまたの機会にし、とにかく、スペシャリストの特性を生かして、それらにスパイスを掛けて、一皮二皮剥けさせるのがプロデューサーの仕事だし、「人」のクリエイティブは深いし面白いと感じていますし、何より新しい時代を作るのは心底楽しいです。

20年経ったいま、フラリとは入った知らないイタリアンレストランで、若いピッツァイオーロ(ピッツァ職人)が一生懸命ピッツァを作っている姿を見ると、私もちょっとだけ日本の食文化に貢献できたかな‥と思います。

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写真はサルヴァトーレの弟レッロとWCBA(http://wcb.academy)の講師達。
WCBAのレッスンのひとつに「パーティーを上手に」というのがあり、ケイタリングをレッロに頼んでます。で、毎回、片付けにくる必要ないのに、何故か必ず来ますw。そしてなかなかお店に戻りませんw。よそ見をしながら片付けしてりのでなかなか終わりませんw。そして、散々油を売って戻っていくのですが、集金するのを忘れたりしますwww。こんなイタリアが好きwww